レビュー
これを書いているのは2017年の2月9日。
ローグワンの公開から多少時間も経過したので、僕なりの感想を書いてみようと思います。
ディズニーのスターウォーズ第一作目であるフォースの覚醒が僕の感性とは合わなかったと言うのはフォースの覚醒を観た感想 その2(極力)ネタバレなし(但し超長文)で書いた通りなのですが、フォースの覚醒が思った以上に僕の期待を裏切ってくれたと言う事もあって、正直、今回のローグワンもかなり斜に構えて映画館に向かったと言うのが正直なところだったのですが…。
ところが!
いや、この映画、凄いぞ!?
掛け値無しでそう感じる素晴らしいスターウォーズムービーだった事に、映画を観終わった後、暫くは興奮と驚きを隠すことが出来ませんでした。
とは言え、万人に手放しで薦められるかと言うと残念ながらそうでは無く、この映画を存分に楽しむ為の前提として、過去の作品を深く理解している事が必須となります。
故に、人によっては映画の評価ががガラリと変わってしまう事が否めないのも事実だったりします。
と、まぁ、観る角度によって極端に印象が変わってしまうのではないかと思われるローグワンの感想を書いてみようと思います。
これ以降はネタバレを含みます
ので、映画を未だ観ていないと言う方は読み薦めるのを控えて下さいね。
ローグワンの公開から多少時間も経過したので、僕なりの感想を書いてみようと思います。
ディズニーのスターウォーズ第一作目であるフォースの覚醒が僕の感性とは合わなかったと言うのはフォースの覚醒を観た感想 その2(極力)ネタバレなし(但し超長文)で書いた通りなのですが、フォースの覚醒が思った以上に僕の期待を裏切ってくれたと言う事もあって、正直、今回のローグワンもかなり斜に構えて映画館に向かったと言うのが正直なところだったのですが…。
ところが!
いや、この映画、凄いぞ!?
掛け値無しでそう感じる素晴らしいスターウォーズムービーだった事に、映画を観終わった後、暫くは興奮と驚きを隠すことが出来ませんでした。
とは言え、万人に手放しで薦められるかと言うと残念ながらそうでは無く、この映画を存分に楽しむ為の前提として、過去の作品を深く理解している事が必須となります。
故に、人によっては映画の評価ががガラリと変わってしまう事が否めないのも事実だったりします。
と、まぁ、観る角度によって極端に印象が変わってしまうのではないかと思われるローグワンの感想を書いてみようと思います。
これ以降はネタバレを含みます
ので、映画を未だ観ていないと言う方は読み薦めるのを控えて下さいね。
スターウォーズ愛に溢れたオマージュの数々
この映画の何が凄いって、スターウォーズユニバースを深くまで知っている人間で無ければ成し得る事が不可能な作劇だと言うところでしょう。
本編をとことんまで尊重したシナリオの中に大小のオマージュが小気味良く織り交ぜられていて、言わば、オマージュのオンパレードと言っても過言ではない本作品。
しかも、そのオマージュの質が、フォースの覚醒に於いて見られた、旧作品の表面をなぞった様なチープなものではなく、しっかりと、そして巧妙に、本編に対しての裏づけとしての機能をも担っているのは流石以外の言葉を見付ける事が出来ません。
特に本作品内で見られる数々の本編に対するオマージュの中でも、長年ファンの間で言われ続けていた、「何故デススターには、あんなにも露骨な弱点が存在したのか?」と言うイチャモンの様な謎に対して、明確な回答を用意してくれた事と、その回答そのものを今作のストーリーの大筋としているところは実に見事だと言わざるを得ません。
そもそも何故デススターにあんな弱点があるのかと言う点に於いては、物語(エピソード4)を盛り上げる為の演出と言う以外に大きな意味はありません。
本来そこは勢いで観るべき部分であって、突っ込んじゃう事自体が猛烈にナンセンスなんですよね。
だってスターウォーズ(新たなる希望)って、娯楽作品なんだからね。
でも、僕を含め、スターウォーズのファンと言うのは実に厄介で、そう言うところを突っ込みつつ、やいのやいのと言うのが大好きな生物なんです。
この手のファン心理に基づいた作品の重箱の隅をつつく様な問題を製作者に尋ねたとしても、おそらくは「そんなの雰囲気だよ、フ・ン・イ・キ!!」と、丁寧とは程遠い態度で言ってのけるに違いありません。
でもファンは、そんな、製作者でさえ意図していない様な事を、ああでもない、こうでもないと考察する事に至上の喜びを感じてしまう、スゲー面倒臭い人種なんですよね。
因みにこう言ったファンによる考察で、多分、最も有名なのは「デススターの大きさ」に付いての論争なんじゃないかな?
これも製作者側からしたら猛烈に面倒臭いご迷惑な議論ですよね。
まぁ、今回は関係ないので言及は避けます。(笑)
さて、で、そのデススターの弱点問題ですが
敢えて用意された弱点
とする事で見事にクリアしています。
しかも親子の物語を盛り込んでときたもんだ。
うーん見事!!
多分、監督のギャレス・エドワーズ自身も、かなり面倒臭い部類のスターウォーズファンだったんだろうなぁ。(笑)
ホント、ファン心理を、よくわかってらっしゃる。
そもそもこのローグワンと言うタイトル自体も本編に対しての明確な裏づけですからね。
本編で初めて「ローグ」と言う名詞が出てくるのは、帝国の逆襲に於いてゼヴ・セネスカが発する「ローグ2」ですが、つまり、ローグワンの功績が認められた結果、その名前が反乱軍に於いて継承されて行ったと言う事実を示唆している訳です。
ここも実に見事だと思うのですが、帝国の逆襲で初めて出てきた「ローグ」と言う名詞を聞いた時、僕らファンは今後、ローグワンのメンバーを思い出すに違いありません。
ローグワンと言う作品の存在によって、ほぼシームレスで繋がるエピソード4は勿論ですが、その後の物語であるエピソード5(或いはそれ以降)に於いても、彼ら(ローグワン)が大きな影響を及ぼしていると感じられる様になりました。
つまり、新作と旧作がお互いを補完し合って、それぞれをふくよかにしていると言う作りになってるんですねぇ。
いやぁ、ホントに見事。
「ローグ」と言うコードネームに対しても、これまで以上に思い入れを持って本編を観る事が出来ると言う点に於いても、ローグワンと言う作品がスターウォーズユニバースにもたらした功績は計り知れないものがあるのではないかと感じてなりません。
あと忘れてはいけないのは、パンフレットでも書かれている通り、このローグワンと言う映画が、エピソード4の冒頭のスクロールテロップを物語として広げたものだと言う点でしょう。
レイアの最後の台詞「hope」が、デススターを破壊し得る故の「希望」であるのと同時に、直後の物語である「新たなる希望」とのダブルミーニングであると言うのも鳥肌もの。
もうね、ホント、なんたるオマージュ。
感慨にふけりすぎて咽てしまいそうな程。
驚愕の映像
映像も凄かった!!
驚きの映像が沢山あって、もう、何て言うか、お腹一杯。(笑)
先ずはデススターの表現。
残念ながら本編では、そこまで恐怖感が無かった様に感じるデススターですが、本作では、その恐ろしさが遺憾なく描かれていて、その恐ろしさたるや、もう絶望的な程。
あんなもの作られたら、そりゃ、もう、一般人はひれ伏すわ、普通。
あんな移動要塞が太陽を隠して日食とか作っちゃった日には、恐怖で失禁しちゃいますぜ、マジで。
本編以上に極悪な兵器として描かれたデススターは、これまでとは比較にならない程、帝国のプロパガンダとしての役割を、あの世界にもたらす事に成功したと言っても決して過言ではないでしょう。
ビークル群も凄かったなぁ。
ジェダの上空に停船してるスターデストロイヤーを見て猛烈に感動したのって僕だけかな?
あと、X-ウイングやタイファイター等の旧3部作のビークルが画面狭しと飛び回ってる様は、ホント、涙が出そうだったなぁ。
フォースの覚醒の様なパチモノじゃなくて、あのX-ウイングやタイファイターそのものですからねぇ。
そしてCGで再生されたキャラクターたち。
これはホントにぶったまげました。
画面にターキン提督が出てきた時は、ビックリし過ぎて、しばらく口が開いてたんじゃないかな?
「え、どうして?ピーター・カッシングのソックリさん?」とか「まさか生き返った?」とか、とにかく、あまりの衝撃に脳が混乱して、マトモな思考が暫く出来ませんでした。
勿論、ラストのレイア、つまり若かりし日のキャリー・フィッシャーもそうですし、反乱軍のパイロットたちも、あの日のままの姿で大活躍していたのは感動だったなぁ。
あ、そうそう。
ポンダ・バーバとドクター・エヴァザンが出てきて相変わらず他人にくだを巻いてるのも楽しいシーンでした。
本当に凄いね、最近の映像技術って。
人物までも自在に再現する事が出来るなんてねぇ。
最新の映像技術で観客を驚かせると言う意味に於いても、ローグワンはジョージ・ルーカスの意匠をしっかりと継承しているのがわかります。
個人的な不満要素
と、多くの点では絶賛に値するローグワンなのですが、僕個人としては不満が無い訳でもありません。
個人的にはやっぱり、ここまでやるなら、もう少し徹底的に旧3部作に準じて欲しかったと思うところもあります。
特に最も納得いかないのは、今作で始めてお目見えするドロイドやビークル等が多かった事です。
U-ウイングやタイ・ストライカー等のビークル、デス・トルーパーやショア・トルーパー、そして…K-2SOもかなぁ…。
だって、これらはエピソード4以降、一切画面には登場しませんからね。
まぁ、後付で色々と言い訳は出来るとは思うのですが、ここはやっぱり、エピソード4内にある材料で料理して欲しかったなぁ。
K-2SOはデススタードロイドと同型のドロイドでよかったんじゃないかな?
プロトコル・ドロイドじゃ機敏に動けないって事なのかな?
まぁ、彼自身は凄く良いキャラなんだけどね。
あと、スターウォーズユニバースにお馴染みのクリーチャーをもっと積極的に使って欲しかったと言うのもあります。
ローディアンやトワイレック、それからアイソリアンは出て欲しかったところです。
彼らが画面に映るだけでもスターウォーズ感が圧倒的に増しますからね。
あと、あのタコはいらんわな。
あれは明らかに世界観が合ってないぞ!
前半が退屈だしキャラが弱い?
ところで、巷の感想では、概ね「前半が退屈だった」と言う事と「主人公たちのキャラが弱い」と言う事に対して不満が集中している様です。
確かに前半は淡々としているし、主人公たちはキャラが薄いと言うのも頷けます。
が、僕自身は、その両者とも不満として感じる事はありませんでした。
ここら辺についても僕的な意見を語ってみたいと思います。
先ずは「前半が退屈だった」問題から。
前半が退屈だと言う事に関しては確かにその通り。
特に最近の映画は物語の早い段階で掴みを完了させると言う風潮にあるのと、そう言う作風の映画に慣れ親しんでいる人が多くなったと言う事が相まって、総じて退屈だと感じてしまうのかも知れません。
そもそもスターウォーズは「ジェットコースタームービー」の走りの様なもので、冒頭で観客のハートをグっと掴んで、そのまま怒涛の様に物語を進行させる映画だったりするので、スターウォーズ的な作劇と言う意味に於いてもローグワンは従来的ではありません。
つまり従来的なスターウォーズを期待した人にとっては猛烈に拍子抜けしてしまい、不満に感じてしまうのかもしれませんね。
昔の映画って、こう言う感じの抑揚の付け方をするものが結構あるんですよね。
例えばパっと思い浮かぶのは「第三の男」かな?
あれも劇の後半までひたすら淡々と物語が進んで、後半に急激にドタバタします。
現在では名作とされている第三の男ですが、もし現代に新作として公開されていたら、やっぱりローグワンと同様に「前半が退屈」と言う感想が多かったんじゃないかな?
幸いと言うか何と言うか、僕は昔の映画も結構好きで鑑賞するので、この手の作り方の映画には比較的慣れているせいか否か、ローグワンが退屈だとは全く感じなかった訳です。
まぁ、逆に言うと、白黒時代の昔の映画を引き合いに出す程にローグワンの作劇方法が現代に於いては古めだったと言う言い方も出来るので、多くの人が、前半が退屈だと感じてしまうのも致し方ないのかな?
でも、デススターがジェダを攻撃するシーンとか、親子が邂逅するシーンとか、世間が言う程淡々としている様にも感じなかったんだけどなぁ。
では次に「主人公たちのキャラが弱い」問題。
ちょっとここは僕としては深く語りたい部分でもあります。
先ず冒頭で言った通り、そもそもローグワンは「観る者を選ぶ」映画です。
その最大の理由としては、先ず大前提として、少なくとも本編シリーズを一度は観た事がある人でなければ楽しむ事は難しいし、又、本作を隅々迄十分に楽しめるのは、深くスターウォーズを観てきた人に限られるからです。
故に、一見さんに対しては猛烈に不親切な映画でもあります。
だって、一見さんが観たら「なんのこっちゃ?」でしょ?(笑)
つまり、ローグワンと言う単独の作品でありながら、スターウォーズと言う「全体の中の一部」である事を余儀なくされた作品な訳です。
別の言い方をすると、スターウォーズファンの為に作られた特化型の映画なんですよね。
さて、実はこのローグワンを映画館で観終わった後、多くの人が、ある衝動に駆られる事に気づくはずです。
それは何か?
本作を観た後、直ぐ、エピソード4を観たいと言う気分にさせると言う事です。
で、この現象なのですが、僕個人としては製作者側の明らかなる意図を感じて成りません。
って言うか、多分、ギャレス・エドワーズは、そう仕向けてるんじゃないかな?
だとすると、ローグワンと言う映画の主なる目的は、本作品自体を楽しむ事よりも、寧ろ、本編のスターウォーズ(エピソード4)を補完する事なのではないかともとれる訳です。
まぁ、この際、それが良いのか悪いのかは別としてね。
だって映画館でローグワンを観た後、自宅でエピソード4を観たでしょ?
勿論、僕も観ましたよ!
要するにそう言う事。
まんまとギャレス・エドワーズの策略に嵌ってます。(笑)
では本編(とりあえずエピソード4に限定してもいいでしょう。)に目を向けてみましょう。
すると、そこには既に不動の主人公(たち)が威風堂々と君臨しています。
僕らの慣れ親しんだお馴染みのヒーローたちですね。
当然、主役はルークを始めとした従来の主人公たち。
そりゃそうだ、何せ本編なんだから。
では再びローグワンに目を向けましょう。
正直、ローグワンのキャラにもっと強烈な個性を持たせる事は十分可能だったでしょう。
寧ろ、一本の映画として「魅せる」事を考えれば、或いは、そちらの方が簡単だったんじゃないかとさえ思えます。
後出しなんだから、本編を超えるインパクトのキャラはいくらでも作れますからねぇ。
でも敢えてそれはしなかった。
何故か?
答えは簡単。
もし、ローグワンを観た後に直ぐにエピソード4を観ると言う事を想定したとするならば、ローグワンの登場キャラが立ち過ぎてしまっては、本編の主人公たちが霞んでしまうからです。
そんな事したらエピソード4が台無しになっちゃうでしょ?
つまり、本作の存在が既存の作品群のコントラストをドラスティックに変化させたり、或いは、本編の中心にある物語やキャラクターを食ってしまうなんて事は絶対にご法度なのです。
キャラの色を可能な限り薄く表現して、本編の主人公たちの活躍が霞まない様に配慮したんじゃないかな?
ここらへんは脚本を書いた人も相当苦労しただろうなぁ。
キャラを濃くしたら本編が台無しになっちゃうし、かと言って、薄くし過ぎると、ただ事象を追っていくだけになってしまって、映画の体を成さなくなってしまうと。
かなり絶妙な匙加減なんじゃないかと個人的には思うのですけどね。
如何でしょう?
ディズニーの意図するところ
個人的に、ローグワンを観終わって気づいた事がありますので、ちょっとだけ語ってみたいと思います。
ディズニーのスターウォーズ戦略についてです。
僕がフォースの覚醒があまり好きになれなかったと言う事は過去に当ブログで書いた通りです。
敢えてここで理由を詳しくは書きませんが、要するに、あの薄っぺらさが好きになれないのです。
正直、何故ディズニーともあろう会社が、スターウォーズと言うブランドを使って、あんなにチープな作品を作ってしまったのか、不思議で仕方なかったのですが、今回、ローグワンを観て、その疑問に対する答えを見出す事が出来た様な気がしました。
要は属性分けが目的なんですね。
スターウォーズと言えば誰もが知る程の大型コンテンツ。
歴史だって長い。
ディープなファンも沢山いるし、或いはディープなファンが主なる観客と言っても過言ではありません。
ところが、現在の主なる顧客であるところのディープなファンは、ある時期に急激に数が減る事が予想出来ます。
だって、基本、ディープなファンって結構いい歳なので、絶対数と言う意味では既に飽和してるし、しかも減る事はあっても増えることは少ないと。(笑)
あ、やべぇ、書いてて悲しくなってきたぞ…。
ディズニーとしては既存の大お得意様である従来のディープなファンを喜ばせるのと同時に、将来のディープなファンになり得る客をも積極的に取り込む必要性に迫られている訳です。
その為にはディープなファンのみが喜ぶ作品だけを作り続ける訳にはいきません。
もっと間口の広い作品を作って、新たなファンを多く獲得しなければ、将来、スターウォーズと言うコンテンツを使っての商売が出来難くなってしまうからです。
なんてったって巨額を投じて手に入れたブランド。
社運が賭かってますからね。(笑)
フォースの覚醒とローグワン。
観た人ならば、この2つの作品の質があまりにも異なる事を実感したに違いないでしょう。
その質の差たるや、もう、プリクエル・トリロジーとオリジナル・トリロジーの差なんてもんじゃなくて、もっと振り幅の大きな決定的な質の差を。
それは、良いとか悪いとか言う単純な話ではなくて、そもそもの在り方が各々異なるのですよ。
夫々、同じディズニーの、同じスターウォーズと言う作品でありながら、フォースの覚醒は新たなファン向け、ローグワンは従来の所謂ディープなファン向けと言う、全く異なったコンセプトを持って生まれてきているのです。
繰り返しますが、僕はフォースの覚醒を未だにあまり好きになれません。
でも、考えてみれば、それは当然と言えば当然なんですよね。
だって僕は従来の作品が好きなディープなファンなのだから。
根本的に属性が違うのです。
で、今回のローグワンはとても楽しかった。
そりゃそうだ、だって属性が合っているのだから。
フォースの覚醒は体裁としてはエピソード7を銘打っていますが、本質的には、ディズニー版スターウォーズ・エピソード1だと言うのが実際のところでしょう。
だとすると、シナリオや世界観がエピソード4に酷似しているのは勿論、主人公が女の子だったり、いきなりフォースが使える様になったり、それはもう、従来作品では明らかにNGなんじゃなかと思える事でも、もう、何でもアリでも良い訳ですよ。
だって、あれこそがディズニーが今後展開して行く、ディズニーフォーマットの新たなるスターウォーズのスタートなのだから。
もっとわかり易く言うのであれば、従来の作品群に埋め込む作品では無く、一線を画した上で、上に乗っけるものとして生まれてきている作品なのです。
当然、ディズニー的にはそれに納得いかない従来のファンが沢山いる事もわかっていて、それじゃあって事で、ちゃんと相応のものを周到に用意してくれてる訳です。
従来の作品群に埋め込む作品をね。
それがナンバリングの間に公開されるスピンオフであり、今回のローグワンもそれだったりする訳です。
ディズニー的には、従来のファンを納得させる作品と、新たなるファンを取り込む為の作品の、言わばダブルスタンダードな展開をさせて行く方法に打って出たと言う事なのでしょう。
巨大企業だからこそ出来る戦略です。
そんな風に思うと、僕と同じ様にフォースの覚醒に納得できなかった人も、好きにはなれないにせよ、割と暖かい目で見ることが出来るんじゃないかな?
なんて事を思うのですが、如何でしょう?
と言う事で、色々脱線しまくりで書き殴ってしまいましたが、結論を言うと、僕は今回のローグワン、大好きです。
僕はスターウォーズと言う映画の肝は7割は世界観だと思っています。
そう言う意味では、今回のローグワンは、十分過ぎるほどに見事にスターウォーズの世界観を表現しているし、僕らの大好きな旧3部作の世界を、再び、現代の技術で新しい作品として観る事が出来た事に対して、この上ない感慨深さを感じてなりません。
又、映像の限界って僕の想像以上に高くなっている事も知って、そのあまりの凄さに驚愕を隠し切れませんでした。
これ程迄のテクノロジーを持ってすれば、過去の作品の世界観を現代のクオリティに昇華させた凄いスターウォーズ作品を沢山観ることが可能になるに違いありません。
僕の大好きなサー・アレック・ギネスのオビワンを再現した作品も、いつか作って欲しいな。
さて、今度のスピンオフはハンの若い頃の話だそうで。
ローグワンのターキンやレイアの如く、若い頃のハリソン・フォードの顔を再現してくれたらスゲー燃えるなぁ。
とりあえず今は、早くローグワンのブルーレイを観たいなぁ。
4月か5月には発売されるのかな?
それまでは旧3部作を観ながらおとなしく発売を待とうっと。
この映画の何が凄いって、スターウォーズユニバースを深くまで知っている人間で無ければ成し得る事が不可能な作劇だと言うところでしょう。
本編をとことんまで尊重したシナリオの中に大小のオマージュが小気味良く織り交ぜられていて、言わば、オマージュのオンパレードと言っても過言ではない本作品。
しかも、そのオマージュの質が、フォースの覚醒に於いて見られた、旧作品の表面をなぞった様なチープなものではなく、しっかりと、そして巧妙に、本編に対しての裏づけとしての機能をも担っているのは流石以外の言葉を見付ける事が出来ません。
特に本作品内で見られる数々の本編に対するオマージュの中でも、長年ファンの間で言われ続けていた、「何故デススターには、あんなにも露骨な弱点が存在したのか?」と言う
そもそも何故デススターにあんな弱点があるのかと言う点に於いては、物語(エピソード4)を盛り上げる為の演出と言う以外に大きな意味はありません。
本来そこは勢いで観るべき部分であって、突っ込んじゃう事自体が猛烈にナンセンスなんですよね。
だってスターウォーズ(新たなる希望)って、娯楽作品なんだからね。
でも、僕を含め、スターウォーズのファンと言うのは実に厄介で、そう言うところを突っ込みつつ、やいのやいのと言うのが大好きな生物なんです。
この手のファン心理に基づいた作品の重箱の隅をつつく様な問題を製作者に尋ねたとしても、おそらくは「そんなの雰囲気だよ、フ・ン・イ・キ!!」と、丁寧とは程遠い態度で言ってのけるに違いありません。
でもファンは、そんな、製作者でさえ意図していない様な事を、ああでもない、こうでもないと考察する事に至上の喜びを感じてしまう、スゲー面倒臭い人種なんですよね。
因みにこう言ったファンによる考察で、多分、最も有名なのは「デススターの大きさ」に付いての論争なんじゃないかな?
これも製作者側からしたら猛烈に面倒臭いご迷惑な議論ですよね。
まぁ、今回は関係ないので言及は避けます。(笑)
さて、で、そのデススターの弱点問題ですが
敢えて用意された弱点
とする事で見事にクリアしています。
しかも親子の物語を盛り込んでときたもんだ。
うーん見事!!
多分、監督のギャレス・エドワーズ自身も、かなり面倒臭い部類のスターウォーズファンだったんだろうなぁ。(笑)
ホント、ファン心理を、よくわかってらっしゃる。
そもそもこのローグワンと言うタイトル自体も本編に対しての明確な裏づけですからね。
本編で初めて「ローグ」と言う名詞が出てくるのは、帝国の逆襲に於いてゼヴ・セネスカが発する「ローグ2」ですが、つまり、ローグワンの功績が認められた結果、その名前が反乱軍に於いて継承されて行ったと言う事実を示唆している訳です。
ここも実に見事だと思うのですが、帝国の逆襲で初めて出てきた「ローグ」と言う名詞を聞いた時、僕らファンは今後、ローグワンのメンバーを思い出すに違いありません。
ローグワンと言う作品の存在によって、ほぼシームレスで繋がるエピソード4は勿論ですが、その後の物語であるエピソード5(或いはそれ以降)に於いても、彼ら(ローグワン)が大きな影響を及ぼしていると感じられる様になりました。
つまり、新作と旧作がお互いを補完し合って、それぞれをふくよかにしていると言う作りになってるんですねぇ。
いやぁ、ホントに見事。
「ローグ」と言うコードネームに対しても、これまで以上に思い入れを持って本編を観る事が出来ると言う点に於いても、ローグワンと言う作品がスターウォーズユニバースにもたらした功績は計り知れないものがあるのではないかと感じてなりません。
あと忘れてはいけないのは、パンフレットでも書かれている通り、このローグワンと言う映画が、エピソード4の冒頭のスクロールテロップを物語として広げたものだと言う点でしょう。
レイアの最後の台詞「hope」が、デススターを破壊し得る故の「希望」であるのと同時に、直後の物語である「新たなる希望」とのダブルミーニングであると言うのも鳥肌もの。
もうね、ホント、なんたるオマージュ。
感慨にふけりすぎて咽てしまいそうな程。
驚愕の映像
映像も凄かった!!
驚きの映像が沢山あって、もう、何て言うか、お腹一杯。(笑)
先ずはデススターの表現。
残念ながら本編では、そこまで恐怖感が無かった様に感じるデススターですが、本作では、その恐ろしさが遺憾なく描かれていて、その恐ろしさたるや、もう絶望的な程。
あんなもの作られたら、そりゃ、もう、一般人はひれ伏すわ、普通。
あんな移動要塞が太陽を隠して日食とか作っちゃった日には、恐怖で失禁しちゃいますぜ、マジで。
本編以上に極悪な兵器として描かれたデススターは、これまでとは比較にならない程、帝国のプロパガンダとしての役割を、あの世界にもたらす事に成功したと言っても決して過言ではないでしょう。
ビークル群も凄かったなぁ。
ジェダの上空に停船してるスターデストロイヤーを見て猛烈に感動したのって僕だけかな?
あと、X-ウイングやタイファイター等の旧3部作のビークルが画面狭しと飛び回ってる様は、ホント、涙が出そうだったなぁ。
フォースの覚醒の様なパチモノじゃなくて、あのX-ウイングやタイファイターそのものですからねぇ。
そしてCGで再生されたキャラクターたち。
これはホントにぶったまげました。
画面にターキン提督が出てきた時は、ビックリし過ぎて、しばらく口が開いてたんじゃないかな?
「え、どうして?ピーター・カッシングのソックリさん?」とか「まさか生き返った?」とか、とにかく、あまりの衝撃に脳が混乱して、マトモな思考が暫く出来ませんでした。
勿論、ラストのレイア、つまり若かりし日のキャリー・フィッシャーもそうですし、反乱軍のパイロットたちも、あの日のままの姿で大活躍していたのは感動だったなぁ。
あ、そうそう。
ポンダ・バーバとドクター・エヴァザンが出てきて相変わらず他人にくだを巻いてるのも楽しいシーンでした。
本当に凄いね、最近の映像技術って。
人物までも自在に再現する事が出来るなんてねぇ。
最新の映像技術で観客を驚かせると言う意味に於いても、ローグワンはジョージ・ルーカスの意匠をしっかりと継承しているのがわかります。
個人的な不満要素
と、多くの点では絶賛に値するローグワンなのですが、僕個人としては不満が無い訳でもありません。
個人的にはやっぱり、ここまでやるなら、もう少し徹底的に旧3部作に準じて欲しかったと思うところもあります。
特に最も納得いかないのは、今作で始めてお目見えするドロイドやビークル等が多かった事です。
U-ウイングやタイ・ストライカー等のビークル、デス・トルーパーやショア・トルーパー、そして…K-2SOもかなぁ…。
だって、これらはエピソード4以降、一切画面には登場しませんからね。
まぁ、後付で色々と言い訳は出来るとは思うのですが、ここはやっぱり、エピソード4内にある材料で料理して欲しかったなぁ。
K-2SOはデススタードロイドと同型のドロイドでよかったんじゃないかな?
プロトコル・ドロイドじゃ機敏に動けないって事なのかな?
まぁ、彼自身は凄く良いキャラなんだけどね。
あと、スターウォーズユニバースにお馴染みのクリーチャーをもっと積極的に使って欲しかったと言うのもあります。
ローディアンやトワイレック、それからアイソリアンは出て欲しかったところです。
彼らが画面に映るだけでもスターウォーズ感が圧倒的に増しますからね。
あと、あのタコはいらんわな。
あれは明らかに世界観が合ってないぞ!
前半が退屈だしキャラが弱い?
ところで、巷の感想では、概ね「前半が退屈だった」と言う事と「主人公たちのキャラが弱い」と言う事に対して不満が集中している様です。
確かに前半は淡々としているし、主人公たちはキャラが薄いと言うのも頷けます。
が、僕自身は、その両者とも不満として感じる事はありませんでした。
ここら辺についても僕的な意見を語ってみたいと思います。
先ずは「前半が退屈だった」問題から。
前半が退屈だと言う事に関しては確かにその通り。
特に最近の映画は物語の早い段階で掴みを完了させると言う風潮にあるのと、そう言う作風の映画に慣れ親しんでいる人が多くなったと言う事が相まって、総じて退屈だと感じてしまうのかも知れません。
そもそもスターウォーズは「ジェットコースタームービー」の走りの様なもので、冒頭で観客のハートをグっと掴んで、そのまま怒涛の様に物語を進行させる映画だったりするので、スターウォーズ的な作劇と言う意味に於いてもローグワンは従来的ではありません。
つまり従来的なスターウォーズを期待した人にとっては猛烈に拍子抜けしてしまい、不満に感じてしまうのかもしれませんね。
昔の映画って、こう言う感じの抑揚の付け方をするものが結構あるんですよね。
例えばパっと思い浮かぶのは「第三の男」かな?
あれも劇の後半までひたすら淡々と物語が進んで、後半に急激にドタバタします。
現在では名作とされている第三の男ですが、もし現代に新作として公開されていたら、やっぱりローグワンと同様に「前半が退屈」と言う感想が多かったんじゃないかな?
幸いと言うか何と言うか、僕は昔の映画も結構好きで鑑賞するので、この手の作り方の映画には比較的慣れているせいか否か、ローグワンが退屈だとは全く感じなかった訳です。
まぁ、逆に言うと、白黒時代の昔の映画を引き合いに出す程にローグワンの作劇方法が現代に於いては古めだったと言う言い方も出来るので、多くの人が、前半が退屈だと感じてしまうのも致し方ないのかな?
でも、デススターがジェダを攻撃するシーンとか、親子が邂逅するシーンとか、世間が言う程淡々としている様にも感じなかったんだけどなぁ。
では次に「主人公たちのキャラが弱い」問題。
ちょっとここは僕としては深く語りたい部分でもあります。
先ず冒頭で言った通り、そもそもローグワンは「観る者を選ぶ」映画です。
その最大の理由としては、先ず大前提として、少なくとも本編シリーズを一度は観た事がある人でなければ楽しむ事は難しいし、又、本作を隅々迄十分に楽しめるのは、深くスターウォーズを観てきた人に限られるからです。
故に、一見さんに対しては猛烈に不親切な映画でもあります。
だって、一見さんが観たら「なんのこっちゃ?」でしょ?(笑)
つまり、ローグワンと言う単独の作品でありながら、スターウォーズと言う「全体の中の一部」である事を余儀なくされた作品な訳です。
別の言い方をすると、スターウォーズファンの為に作られた特化型の映画なんですよね。
さて、実はこのローグワンを映画館で観終わった後、多くの人が、ある衝動に駆られる事に気づくはずです。
それは何か?
本作を観た後、直ぐ、エピソード4を観たいと言う気分にさせると言う事です。
で、この現象なのですが、僕個人としては製作者側の明らかなる意図を感じて成りません。
って言うか、多分、ギャレス・エドワーズは、そう仕向けてるんじゃないかな?
だとすると、ローグワンと言う映画の主なる目的は、本作品自体を楽しむ事よりも、寧ろ、本編のスターウォーズ(エピソード4)を補完する事なのではないかともとれる訳です。
まぁ、この際、それが良いのか悪いのかは別としてね。
だって映画館でローグワンを観た後、自宅でエピソード4を観たでしょ?
勿論、僕も観ましたよ!
要するにそう言う事。
まんまとギャレス・エドワーズの策略に嵌ってます。(笑)
では本編(とりあえずエピソード4に限定してもいいでしょう。)に目を向けてみましょう。
すると、そこには既に不動の主人公(たち)が威風堂々と君臨しています。
僕らの慣れ親しんだお馴染みのヒーローたちですね。
当然、主役はルークを始めとした従来の主人公たち。
そりゃそうだ、何せ本編なんだから。
では再びローグワンに目を向けましょう。
正直、ローグワンのキャラにもっと強烈な個性を持たせる事は十分可能だったでしょう。
寧ろ、一本の映画として「魅せる」事を考えれば、或いは、そちらの方が簡単だったんじゃないかとさえ思えます。
後出しなんだから、本編を超えるインパクトのキャラはいくらでも作れますからねぇ。
でも敢えてそれはしなかった。
何故か?
答えは簡単。
もし、ローグワンを観た後に直ぐにエピソード4を観ると言う事を想定したとするならば、ローグワンの登場キャラが立ち過ぎてしまっては、本編の主人公たちが霞んでしまうからです。
そんな事したらエピソード4が台無しになっちゃうでしょ?
つまり、本作の存在が既存の作品群のコントラストをドラスティックに変化させたり、或いは、本編の中心にある物語やキャラクターを食ってしまうなんて事は絶対にご法度なのです。
キャラの色を可能な限り薄く表現して、本編の主人公たちの活躍が霞まない様に配慮したんじゃないかな?
ここらへんは脚本を書いた人も相当苦労しただろうなぁ。
キャラを濃くしたら本編が台無しになっちゃうし、かと言って、薄くし過ぎると、ただ事象を追っていくだけになってしまって、映画の体を成さなくなってしまうと。
かなり絶妙な匙加減なんじゃないかと個人的には思うのですけどね。
如何でしょう?
ディズニーの意図するところ
個人的に、ローグワンを観終わって気づいた事がありますので、ちょっとだけ語ってみたいと思います。
ディズニーのスターウォーズ戦略についてです。
僕がフォースの覚醒があまり好きになれなかったと言う事は過去に当ブログで書いた通りです。
敢えてここで理由を詳しくは書きませんが、要するに、あの薄っぺらさが好きになれないのです。
正直、何故ディズニーともあろう会社が、スターウォーズと言うブランドを使って、あんなにチープな作品を作ってしまったのか、不思議で仕方なかったのですが、今回、ローグワンを観て、その疑問に対する答えを見出す事が出来た様な気がしました。
要は属性分けが目的なんですね。
スターウォーズと言えば誰もが知る程の大型コンテンツ。
歴史だって長い。
ディープなファンも沢山いるし、或いはディープなファンが主なる観客と言っても過言ではありません。
ところが、現在の主なる顧客であるところのディープなファンは、ある時期に急激に数が減る事が予想出来ます。
だって、基本、ディープなファンって結構いい歳なので、絶対数と言う意味では既に飽和してるし、しかも減る事はあっても増えることは少ないと。(笑)
あ、やべぇ、書いてて悲しくなってきたぞ…。
ディズニーとしては既存の大お得意様である従来のディープなファンを喜ばせるのと同時に、将来のディープなファンになり得る客をも積極的に取り込む必要性に迫られている訳です。
その為にはディープなファンのみが喜ぶ作品だけを作り続ける訳にはいきません。
もっと間口の広い作品を作って、新たなファンを多く獲得しなければ、将来、スターウォーズと言うコンテンツを使っての商売が出来難くなってしまうからです。
なんてったって巨額を投じて手に入れたブランド。
社運が賭かってますからね。(笑)
フォースの覚醒とローグワン。
観た人ならば、この2つの作品の質があまりにも異なる事を実感したに違いないでしょう。
その質の差たるや、もう、プリクエル・トリロジーとオリジナル・トリロジーの差なんてもんじゃなくて、もっと振り幅の大きな決定的な質の差を。
それは、良いとか悪いとか言う単純な話ではなくて、そもそもの在り方が各々異なるのですよ。
夫々、同じディズニーの、同じスターウォーズと言う作品でありながら、フォースの覚醒は新たなファン向け、ローグワンは従来の所謂ディープなファン向けと言う、全く異なったコンセプトを持って生まれてきているのです。
繰り返しますが、僕はフォースの覚醒を未だにあまり好きになれません。
でも、考えてみれば、それは当然と言えば当然なんですよね。
だって僕は従来の作品が好きなディープなファンなのだから。
根本的に属性が違うのです。
で、今回のローグワンはとても楽しかった。
そりゃそうだ、だって属性が合っているのだから。
フォースの覚醒は体裁としてはエピソード7を銘打っていますが、本質的には、ディズニー版スターウォーズ・エピソード1だと言うのが実際のところでしょう。
だとすると、シナリオや世界観がエピソード4に酷似しているのは勿論、主人公が女の子だったり、いきなりフォースが使える様になったり、それはもう、従来作品では明らかにNGなんじゃなかと思える事でも、もう、何でもアリでも良い訳ですよ。
だって、あれこそがディズニーが今後展開して行く、ディズニーフォーマットの新たなるスターウォーズのスタートなのだから。
もっとわかり易く言うのであれば、従来の作品群に埋め込む作品では無く、一線を画した上で、上に乗っけるものとして生まれてきている作品なのです。
当然、ディズニー的にはそれに納得いかない従来のファンが沢山いる事もわかっていて、それじゃあって事で、ちゃんと相応のものを周到に用意してくれてる訳です。
従来の作品群に埋め込む作品をね。
それがナンバリングの間に公開されるスピンオフであり、今回のローグワンもそれだったりする訳です。
ディズニー的には、従来のファンを納得させる作品と、新たなるファンを取り込む為の作品の、言わばダブルスタンダードな展開をさせて行く方法に打って出たと言う事なのでしょう。
巨大企業だからこそ出来る戦略です。
そんな風に思うと、僕と同じ様にフォースの覚醒に納得できなかった人も、好きにはなれないにせよ、割と暖かい目で見ることが出来るんじゃないかな?
なんて事を思うのですが、如何でしょう?
と言う事で、色々脱線しまくりで書き殴ってしまいましたが、結論を言うと、僕は今回のローグワン、大好きです。
僕はスターウォーズと言う映画の肝は7割は世界観だと思っています。
そう言う意味では、今回のローグワンは、十分過ぎるほどに見事にスターウォーズの世界観を表現しているし、僕らの大好きな旧3部作の世界を、再び、現代の技術で新しい作品として観る事が出来た事に対して、この上ない感慨深さを感じてなりません。
又、映像の限界って僕の想像以上に高くなっている事も知って、そのあまりの凄さに驚愕を隠し切れませんでした。
これ程迄のテクノロジーを持ってすれば、過去の作品の世界観を現代のクオリティに昇華させた凄いスターウォーズ作品を沢山観ることが可能になるに違いありません。
僕の大好きなサー・アレック・ギネスのオビワンを再現した作品も、いつか作って欲しいな。
さて、今度のスピンオフはハンの若い頃の話だそうで。
ローグワンのターキンやレイアの如く、若い頃のハリソン・フォードの顔を再現してくれたらスゲー燃えるなぁ。
とりあえず今は、早くローグワンのブルーレイを観たいなぁ。
4月か5月には発売されるのかな?
それまでは旧3部作を観ながらおとなしく発売を待とうっと。
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コメント一覧 (7)
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- 2017年02月09日 18:24
- つづきです・・
仰る通りターキンもレイアも驚愕でした。
不気味の谷を乗り越えた瞬間でしたが
代役+CGとは思わなかったので、なるほどフルじゃなかったのか・・・と
オマージュポイント全部気づきましたか?
でも出し過ぎ感は否めなかったですね。
それこそ、同種族のエイリアンをちりばめてほしかったですね。
モンカラマリも肌の色違うし
凸凹コンビは皆勤賞になりましたね。
反乱者たちと密接コラボは驚愕でした。
チョッパーたしかに掠め通りました。
アナウンスもシンドゥーラ将軍とか言ってたし
ゴーストとびまくってるし
ハンマーヘッドが最後全部持ってくし・・・
私的には最後の戦いが良かったです。
レッド中隊、ゴールド中隊出撃シーンが激熱でした。あれは当時の映像使っているようですね。レッド5の欠員理由もきちんと表現してましたし、EP4であっけなかったゴールド中隊がめちゃくちゃ強かったこと。当時のブルーバック問題で見送られたブルー中隊も良かったです。
ご指摘のk-2は仕方なかったのかなと思います。なんせ最初の脚本では走ってたわけですから・・・プロトコルは走れません。
一応何体?かは出てきましたし・・BB-8のようなピン扱いではありませんでしたし。
最後のベイダー無双も賛否あるみたいですね
たかだか反乱軍兵士切りまくらなくても・・・
まあ怒ってたんでしょうね。
総評判定でもAですね。特Aです。
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- 2017年02月09日 18:46
- KP様。
コメント有難う御座います。
長文コメント、KPさんの熱い思いがひしひしと伝わってきました!
有難うございます!
それにしても、映画館にメモを持っていくとは、並々ならぬ情熱に感服してしまいます。(笑)
仰るとおり、予告映像のシーンはかなり削除されていましたね。
個人的には塔の上でジンを狙うタイファイターは見てみたかったです。
ブルーレイ等の特典に収録されるといいですよね!
ゴーストなんですけど、僕は残念ながら気づかなかったんですよ〜。
チョッパーも後で知ったんですけどね。
モン・カラマリの肌の色に関してですが、なにやら、アクバーたちとは出身地方が違うって事みたいですよ。
トワイレックに色が沢山あるのと同じと言う解釈だと思います。
K-2SOですが、そうなんですよね。
アイツはかなり動くキャラなので、プロトコルドロイドだと無理なんでしょうね。
でも、まぁ、そこをナントカ!
と思ってしまうところですが…。
しかし、僕らの様な古参のファンにはたまらない映画でしたねぇ。
ブルーレイが出たら、ソッコーで買わないと!
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- 2017年02月10日 13:09
- オーガナ様
やっぱりこういう話ができる方がいるっていいですね!
映画館メモは初の試みですした。オマージュを覚えておきたくて・・・
カラマリ出身地違うんですね!!
ありがとうございます。将軍はフギュア化されますので白いカラマリは自作予定です(笑)
ブルーリーダーも製作入りました!初の人物なので先行き不安です。
本当にたまらない映画でした。
自分も速効買ってコマ送りしまくりたいです(笑)
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- 2017年02月10日 14:59
- KP様。
コメント有難う御座います。
将軍カラマリは僕もちょっと欲しいと思ってます。
カラマリ的な太ったおっちゃんなんでしょうね。
喉元のタプンタプンした贅肉がカワイらしい。
自作カラマリ楽しみです!
ブルーレイ、本当に楽しみですよね!
映画館を出た瞬間から発売が楽しみになりました。
自宅でゆっくり観れたら、色んな発見があるかもしれませんね!
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- 2017年05月23日 19:48
- KPさんからの紹介できました( ˃̶̤̀◡˂̶̤́ )
これは、ハマってしまいますね〜( •̀ .̫ •́ )✨
今後も観させてもらいにきます(*´꒳`*)💕
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- 2017年05月23日 21:32
- ぽわわん様。
コメント有難う御座います。
初めまして!
拙ブログなのでお恥ずかしいところが多々あるのですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。
今後とも宜しくお願いします!
これまでにない長文じゃないですか??
私も長文で返します(笑)
私は2回行きました。
1回目は字幕でそのまま楽しみ
2回目は吹替で映像を楽しむ
面白いのは字幕と吹替の微妙なニュアンスの違いですね。英語が理解できればまた別な楽しみ方があるのかも・・・
1回目で衝撃を受け過ぎたので
2回目はメモ持参しました。暗闇での記述はさぞ怪しかったでしょう。勿論周辺は無人だったので規約には違反してないはずです(笑)1シーン1ページ殴り書きしました。メモした内容はアストロメクのバージョン違い
旧作からのオマージュポイントです。
劇中登場したであろうアストロメクの新作もほぼ完成させました。ぜひお見せしたい!!
こちらにも投稿したゴールドリーダー機の銀色一色のメクがまさかまさかパンフレットに記載されてるなんて・・・始まる前にパンフパラパラ見て、その時点でウルウルでしたよ、私(笑)
前々からディズニーの4体ドロイドセットに銀色のメクが含まれてはいたんですがまさかこいつとは・・・やたら前段階から公開してた黒いメクC2-B5がチラッとしか映らなかったのには爆笑でした。
今回の一番の驚きは
予告と全く違うことです。ほぼカットみたいでしたね。脚本が変わったんですよね。主要メンバー存命を希望したが、結局死亡するシナリオへ変わったとか・・・
スカリフの海のシーンも、デススター見つめるベイダーも、デススタートラクタービーム部の分離も、ジンに迫るタイファイターも、みんなで基地内を走るシーンも、K-2が作戦確率を言う場面も・・・なんじゃこりゃでしたね。ぜひDVDには入れてほしいですけど、無理かなーーー
つづきます